珈琲と私とジストニア

私を表現できるもの、挑めるもの、私の闘病、私にひっつくあれやこれを綴っていけたらな、と思っています

珈琲はお好きですか?~きっかけの店~

 

どうも。入退院珍道中がありました神無ですが、ようやくブログタイトルにある珈琲に触れて、いえ、触れ直していこうと思います

 

遥か昔、のような気がするですがとある記事で私は最後の方でこう締めました

 

母「珈琲をやってみない?」

 

この時は、まだ珈琲に熱をあげていませんでしたし、ましてここまでこだわり強くなかったです。ですが、この一言がきっかけになり、私は珈琲の本来というか真の素晴らしさに気づいたのです。それはある店のオーナーとの出会いがはじまりになりました

 

突然行動する私

 

母に珈琲をやってみないか、と言われ、とある店を経営している方の名刺をもらいました。そこは私の住む町から結構遠く、車で二時間半、といったところ。遠いそこに、その市に私は今までひとりで運転していったことがありませんでした

 

でも、なんでしょう。唐突になにかがおりてきた、というか、すごく惹かれたのです

 

不思議なことです。会ったこともないひとの名刺に惹かれるなんて。だからこそ、私は突然の奇行(母曰く)に走ってしまったわけだ。まあ、いわゆる……暴走?

 

名刺をもらった日から数日後の土曜日、九月の終わりに私は名刺の携帯電話に電話をかけました。ドキドキでした。そして、でられなかったので、お忙しいか、と思っていると電話が折り返しでかかってきたではないですか!? びっくらこきました

 

「もしもし」

「あ、はひっもしもし、はじめまして! ああ、あの、母がクッキーを持っていったと思いますがその時いただいた名刺を見て電話してしまいました」

「ああ。はじめまして」

 

それから、電話なのに何度も頭をさげて突然電話してすみませんだのなんだの話して、その方がまた都合のいい日にぜひ寄ってみてください。お話しましょう、と言ってくださったのに神無、つい、つい? いや、もうこれは勢いでした

 

「いえ、今日休みなんで今からいきます!!」

 

はい、なんという暴走ぶりでしょう、と今となっては笑い話です。私は早速支度をして母に連絡。今からいってくる、と言った。さあ、どうなった? 簡単だね?

 

はあぁああああああ!!? い、今からーーーーーーーー!?

 

うーん、妥当な反応(笑)。と、思いつつ、どうしてもいく、と言ってきかない私は車に乗って母に安全運転で、と三回くらい言われて出発しました

 

道中はとても安全運転でしたので、今よりも三十分ばかり長くかかってようやく話に聞いていた有料の駐車場に到着(私の住んでいる地域では有料駐車場はない(月極以外で))し、そこからはスマホのマップを見ながら目的の店を目指しました

 

で、歩くこと五分。目的地と思しき店を発見し、手動の戸を開けました

 

そう、これが私の珈琲変態道への入口でした

 

つづく

これを誰が予測できただろう?

 

どうも、入院生活の振り返り記事をつくり切って一服さんな神無です

 

さて、昨日の記事の終わりになぜか「つづく」とつけた理由を話しましょう

 

入院生活を終えてようやく自分の家で自分の生活に戻れると思っていた私は出鼻を挫かれました。私が退院した日、四月一日、この日はちょっとアレなことが起こった日です。そう、全国的に。お忘れの方も多いかと思います。ええ、関係なかったひとには全然関係ない話ですし

 

じゃ、なにがあったか、って? それはね、四月のクセにが降りやがったってことです。平野部ではそうでもないかもしれません。ですが、神無が住んでいるのは山に囲まれた自然豊かな地域からまあまあ町に近い場所。特に四国からの帰りには必ず山越えをしなければならず、高速道路上はアレがない車は下道におりなさいされます

 

そう、油断し切ってスタッドレスからノーマルに車のタイヤをはき替えていたのです。なので、道路情報検索アプリで母の顔は真っ青。帰れんやん、と。と、いうわけで急遽途中で高速をおりてホテルを探し、一泊しました

 

いやはや、ハプニングとはつきものですな。と思った次第

 

そして、タグにボトックス注射を入れた理由は、他でもありません。なんです? 副作用と言えばいいのでしょうか? 手の甲に小さいブツブツがいっぱいできて痒くてならなかったです。それがボトックスの副作用、場合でアナフィラキシーを起こすようなアレだとボトックスの同意書に書いてあったのは帰ってから気づきました

 

ホテルのベッドは値段の割に硬くて寝心地悪いわ(失礼だろコラ)、手の甲は痒いわでもう「あ゛ぁ~~~~~~っ」って感じでした(笑)

 

まあ、夕飯に美味しいお好み焼き屋さんを発見したのでよしとして、また機会があれば寄りたいね? なんて話しながら無事帰宅。横になる準備を整えてシャワーして、布団にばたんでした。いやー、我が家はやっぱり落ち着きますな。特に食事。その日はどうだったか忘れましたが、後日、久しぶりに母の料理を食べて心も満たされましたですよ

 

さて、そんな感じで神無のジストニア入退院珍道中はひとまず幕をおろしますことになりました。明日は珈琲についてまた書いていけたらと思うけど、以前にどこまで書いていたか忘れ気味なので前の記事を読み返してからになるかな? なので、ちょいとお待ちを。まあ、ジストニアの経過というか、アレについてはいろいろと余談がある、と思うので細々と書いていこうと思います

 

ここまでお付き合いいただきありがとうございます。これからもよろしくです

 

なにかがつづく……(?)

いよいよ、退院にござる!

 

どうも、入院生活振り返り記事もこれで最後か、と思うとなんだか感慨深い神無です

 

今日はいよいよ退院だぜ、という話を書いていこうと思いますが、さしてアレなことはなかったと思う。私は。うん

 

見出しはなしでざざざーっと書いていく感じで失礼しますですえ~

 

退院前日に母が来ました。で、ざっと荷をつくってバイバイしたですよ。また明日~ってね?

 

で、退院当日は朝早くからごそごそと動いて荷を完成させて、あとは入院する時に病院のマットレスが低反発だと聞いていたので(私は高反発を愛用ってかそれじゃないと腰が痛くて死ぬ)それを丸めて紐でギュっとするだけでいい感じにしまして母待ちです

 

そして、母が来てマットレス丸々してもらっていたら先生ダブルでいらして私はボトックスに、母は退院にあたりちょいとお話にいきました

 

ボトックスはキシロカインを打ったのと同じ場所に百単位(たしか)打ちました。が、例によって背中にやられて眩暈とかに襲われる私

 

「大丈夫?」

「あと、なんぼですか?」

「あと、一ヵ所」

「じゃ、頑張ります」

 

と、会話しながら最後の一ヵ所を打ってもらってもう、極限で処置室のベッドにゴロンです。眩暈もさることながら耳鳴りとなんだろ、まわりから切り離されるような不思議な感覚を味わいました。ふわーっとして、ですね、そのままあの世逝きか? みたいな感じで俗世と切り離される感じ(盛りすぎだろ話)

 

耳鳴りは最初「きーん」だったのが、だんだんとミンミンゼミが耳に移住した? って感じになりました。うーん。ごっつぁんです(笑)

 

しばらくの間、と言っても数分ですが安静にして歩けるようになった私は母が待つ部屋にいき、母にドン引きされました。顔色が悪すぎ、唇が白い、死んでる? と言われてしまいました(失礼だよな? な? 心配しているにしたって言葉選んでよ)

 

で、薬の話になったので、話を聞いて、先んじて会計をしていた私と母は使わせてもらっていた病室でお喋りしながら退院処方の薬を長々待ってから家に帰る運びになりました。ただ、その時、その日想定外のことが起こってしまったのです

 

つづく(はいっ!?)

予想外です(某CM風に)

 

どうもです。もう何度も繰り返しているが振り返り記事をつくっている神無は今日も元気です。ええ、もう無駄なくらい

 

さて、今日は、今日こそは短くしようかな、と思います。うん、思うだけ。実際にどうなるかは筆の乗りによる(笑)

 

入院生活もあとわずかという金曜日。前日に退院予定日というかほとんど確定的に月曜日、四月一日でどうですか? と言われて大丈夫です、と言った感じだったです。そして、金曜日にとうとうボトックスを打つ、と聞いて身構えていた私

 

だが、結論を言うと、挫かれたっての? え、なにそれもっと早く言ってよ(この突っ込みも何度目か(笑))って感じだったです

 

処置だし、外来がある時間は先生たちも忙しいからどうせ注射は午後の遅め時間になるだろう、と思っていたのでのんびり待っておりましたら、カーテン越しに知らない声が聞こえてきて「はい、どうぞ」したらやはり知らない先生が立っておりました

 

誰? と思っていると「遅くなってすみません。脳神経外科であなたを担当する者です」ときた

 

えええぇ、おい、だからよ、病院にはアポがないのか? と思ったのは内緒。で、ざっと話して衝撃的なことを言われました。しばらくその先生は私のお薬手帳を眺めてエビリファイの話を聞くとこう、言いました

 

「うーん、服薬期間も長いし、これが悪さしたのは明白だと僕は思うよ。多分かなりの高確率であなたは心因性ではなく薬剤性のジストニアだと思うよ?」

 

……。あれぇ? なんか、地元のクソ病院と言っていることが真反対なんだけどー?

 

でもなんだか、この先生の迫力なのか説得力が半端ねえ感じなので頷くしかない私。そして、もし神経内科での手が尽きたら手術は任せてください言うて去っていかれた

 

そして入れ違いで神経内科の担当医さんがいらしてお話していると、てか、ボトックスだろ? ドキドキするぜ、と思っていると……

 

「退院日に打ちましょう」

 

……。だからね? 早く言えぇえええええ!!!!

 

と、まあいうわけで例によって廊下を歩いてみてキシロカイン効果が残っているし効いている、ってので喜んでいらしたので毒気を抜かれる私である。もういいよ、好きに予定変更しまくれよ(心の内緒愚痴場で)

 

っつーわけで、いよいよ退院日のことを書こうと思います。と、いってもちょっとアレなことがあった以外はなにもなかったですが。まあ、楽しいかは謎だがお楽しみに?

 

つづくのだ!

逆意味で素晴らしきハードスケジュール(笑)

 

どうも。だんだん書くネタがのーなってきた神無です。まあ、二週間の入院生活でそんな波乱万丈みたいなのがあったら困るけどね。と、いうわけでもう入院生活は終盤に差しかかっているのでネタ切れで書けなくならないか不安な今日この頃。とりあえず今日はいろいろあった日だぜ、ってのを書こうかと思います

 

見出しはなしで書こうと思います。けっして面倒なわけじゃないぞ? なんか、最近変、というかサイトの方の問題なのか調子が悪くてドラッグのアレがおかしい

 

昼ご飯にひとつだけおかずを残す私。これまでも嫌いというか苦手なものは残すと書いたですが、それは小魚とかチリメン関係でした。今回のはアレです、小学校の思い出が蘇った感じで残しました

 

ペンネサラダ、とあったので、クリーム系ソースでペンネが和えてあるのかと思ったらマヨ系のアレでペンネときゅうりとなんでお前が、というようなもんが和えてありました。それがレーズン。みなさん、覚えがありませんか? 小学校時代とかに普通のサラダなのに、林檎やミカン缶詰とかレーズンが一緒になっているサラダ

 

私は、というか元々言っていたのは母ですが、私たちはそれを「ハレンチサラダ」と呼びます。なんでもかんでも混ぜんじゃねえよ、という意味での命名(うろ覚え)であります。なので、サラダに黒っぽいものを見つけて眼鏡外してよく見たらレーズンだったのでそっとふたを閉めておきました。まさかこんなところでハレンチサラダに遭おうとは……油断大敵再び

 

と、忘れかけましたが、この日はそれなりに忙しかったです

 

ここで治療、ジストニアの治療をするにあたってもしも、万策尽きた時は手術を検討する的な話がでていたのでその時の為にここの精神科の先生と顔をあわせておいて、ということで精神科外来にゴーです。で、そこで長々と家族構成や家族の職業、私が今までどうであったか、とか地元の腐れ病院の心因性百パー説とかの愚痴諸々を聞いてもらい、いざ手術となったら、その入院期間中は面倒を見るからね、みたいな感じで終わりました

 

そして、病室に帰ったらなぜか担当医さんがお待ちかねしてらしてですね、いい感じの笑顔で「キシロカインしましょう!」と、言わさりました

 

あの、だからね……先に言っといてぇえええ!!!!

 

で、まあ、その心の叫びを心の中のゴミ置き場に捨てていざ、キシロカインです。首(右)に一ヵ所、背中に三ヵ所ばかり打って、やはり背中に薬が入っていく度におええぇ、となる私。最後の一刺しが終わったあとは瀕死になりました

 

で、この時、退院前にボトックスを打っておきましょう、という話で金曜日(退院日は週明け月曜日)に予定しときますから、と言われた。ボトックスをどこに打つのか知らぬが気分が悪くならないことを祈るばかりだ

 

さて、さらーっと書きましたが、あれ以降脳外科の先生は来ておりませんので手術なんて必要ないと思われて会わなくてよくなったのか、と思ったら去り際担当医の先生が脳外科の先生来た? と訊きなさったので「いいえ」と言うと「あー。じゃあ、また声かけておきますから」と言われてしまった。どこかでは、会うことになりそうだ

 

と、いうわけで、今日はおしまいにします。なんか結局長くなる。悪癖だなこれは。うん。では、明日は金曜日の話をしようかなと思います。あぁあ、ボトックス~(怖)ガタガタ……というのを書いていければなー、と思う次第です

 

つづく